最終更新日 2024年12月30日 by einvestig
皆さんは、乗馬用品と聞いて何を思い浮かべますか?
鞍や手綱、ヘルメットといった基本的なアイテムをイメージする方が多いかもしれません。
しかし、実はこれらの馬具は、馬と人間が心を通わせるための「架け橋」とも言える、非常に重要な役割を担っているのです。
本日は、大学時代から馬術部に所属し、馬具メーカーでの勤務や広報活動、そして現在のフリーライターとしての活動を通じて、長年乗馬の世界に深く関わってきた私、田中宏一が、乗馬用品の進化の歴史を紐解いていきます。
この記事を通して、読者の皆様には、乗馬用品が辿ってきた進化の背景と、その最新動向を知っていただければと思います。
目次
乗馬用品の歩みと進化のターニングポイント
伝統的な鞍づくりとその思想
乗馬用品の歴史を語る上で、まず欠かせないのが「鞍(くら)」です。
鞍の歴史は古く、紀元前にまで遡ると言われています。
その長い歴史の中で、鞍は様々な形状や素材の変化を経て、現代の形へと進化してきました。
例えば、日本の伝統的な「和鞍」は、木製の骨組みに革を張り、漆を塗って仕上げるという、非常に手間のかかる製法で作られています。
この製法には、日本の職人技が凝縮されており、その美しい見た目と機能性は、現代でも多くの人々を魅了し続けています。
大学時代の馬術部で、初めてクラシカルな鞍にまたがった時のことは、今でも鮮明に覚えています。
現代の鞍に比べると、やや硬くて重い印象でしたが、その分、馬の背中との一体感は格別でした。
- まずは、馬の背中に合わせて、鞍の骨組みを調整します。
- 次に、鞍の各部位に、馬の体格に合わせて調整をします。
- 最後に、鞍の表面を保護するために、漆を塗ります。
伝統的な鞍の製造には、高い技術力やコストがかかり、一般的に広く利用されるには難しいものでした。
軽量化技術がもたらした革新
そんな伝統的な鞍づくりに、大きな変革をもたらしたのが「軽量化技術」です。
私が新卒で入社した馬具メーカー「アサミ乗馬装具」では、まさにこの軽量化技術の研究開発に携わっていました。
当時の研究では、従来の革や木材に代わる、新素材の採用が大きなテーマとなっていました。
例えば、カーボンファイバーやケブラーといった、軽くて丈夫な素材を鞍の骨組みに使うことで、大幅な軽量化を実現できる可能性がありました。
軽量化のメリットは、単に鞍が軽くなるということだけではありません。
鞍が軽くなれば、馬への負担が減り、より自由な動きが可能になります。
また、騎乗者にとっても、鞍の操作性が向上し、より繊細なコントロールができるようになるのです。
- 素材の研究:軽くて丈夫な新素材を探し、その特性を徹底的に調査
- 設計の見直し:軽量化を実現するために、鞍の構造を根本から見直す
- 試作品の製作とテスト:試作品を実際に馬に装着し、その効果を検証
項目 | 従来素材(革、木材) | 新素材(カーボンファイバー、ケブラー) |
---|---|---|
重量 | 重い | 軽い |
強度 | 強い | 非常に強い |
耐久性 | 高い | 非常に高い |
コスト | 高い | 非常に高い |
加工の難易度 | 難しい | 非常に難しい |
これらの研究開発を通じて、鞍や鐙(あぶみ)の軽量化が、ライディング感覚を大きく向上させることを、私自身、身をもって体験することができました。
「馬の動きが、以前よりもずっと自由に、そして軽やかになったように感じました。まるで、馬と自分が一体になったような感覚でしたね。」
これは、当時の同僚の言葉ですが、軽量化技術の革新性を端的に表していると思います。
牧場とメーカーが支える乗馬文化
全国の乗馬クラブ巡回で見えた現場の声
「アサミ乗馬装具」時代には、新商品の試作品を携えて、全国各地の乗馬クラブを巡回していました。
その土地の風土、そして馬の育成環境によって、必要な道具というのは変わってきます。
→ 北海道:寒さが厳しいため、防寒対策が施された馬着が多く使われていました。
→ 千葉県:比較的温暖な地域なので、通気性の良い、夏用の馬着が好まれていました。
→ 九州地方:湿度が高いため、カビ対策を施した馬具が重宝されていました。
現場の声を製品開発に活かすためには、ユーザーである乗馬クラブのスタッフや会員の皆様とのコミュニケーションが非常に重要です。
例えば、鞍のちょっとした調整が、馬と騎乗者の快適性を大きく左右するということを、現場のスタッフの方々から教わりました。
- 鞍の位置が少しずれているだけで、馬の背中に負担がかかってしまう。
- 鞍と馬体の間に隙間があると、騎乗者が不安定になり、馬とのコミュニケーションがうまくいかない。
- 鞍の素材によっては、馬の皮膚が擦れて傷ついてしまうことがある。
「この鞍、もう少しここがこうだったらいいのに…」という、ほんの些細な一言が、新商品開発の大きなヒントになることも少なくありませんでした。
馬具メーカーとユーザーが織りなす共同開発
その後、スポーツ用品総合メーカー「カトー株式会社」に転職し、広報部で乗馬用品やアウトドア製品のPRを担当しました。
そこでは、ユーザーとメーカーが一体となって商品を開発していく「共創」の重要性を学びました。
「カトー株式会社」では、新商品を開発する際には、必ずユーザーアンケートやモニター調査を実施していました。
質問 | 回答 |
---|---|
現在お使いの乗馬用品で不満な点は? | 「鞍が重くて、持ち運びが大変」「手綱が滑りやすくて、うまく操作できない」などの声が多数 |
どんな機能が追加されたら嬉しいですか? | 「鞍にもっとクッション性があれば…」「手綱にもっとグリップ力があれば…」などの意見が寄せられました |
新商品に期待することは? | 「馬にも騎乗者にも優しい、安全で快適な乗馬用品を開発してほしい」という期待の声が多く、私自身、身が引き締まる思いでした |
これらの貴重な意見を、商品開発部門と共有し、試作品の改良に繋げていきました。
また、PR活動を通じて、ユーザーの潜在的なニーズ(インサイト)を収集することも、私の重要な役割でした。
「もっと馬と仲良くなりたい」「もっと安全に、快適に、乗馬を楽しみたい」といった、ユーザーの想いを丁寧にヒアリングし、それを商品開発部門にフィードバックすることで、より良い商品づくりに貢献できたのではないかと考えています。
現代の乗馬用品がもたらす新たな可能性
鞍と騎乗者の密接度を高めるテクノロジー
近年の乗馬用品の進化は、目を見張るものがあります。
特に、鞍と騎乗者の密接度を高めるためのテクノロジーの導入は、大きな注目を集めています。
例えば、シートクッションに特殊なゲル素材を採用することで、騎乗者の体圧を分散し、長時間騎乗しても疲れにくい鞍が開発されています。
また、鞍にセンサーを内蔵し、騎乗者の重心移動や馬の動きをデータ化することで、より効果的なトレーニングをサポートするシステムも登場しています。
これは「スマートサドル」と呼ばれており、乗馬の新たな可能性を切り開いていくものと期待されています。
項目 | 従来品の鞍 | スマートサドル |
---|---|---|
主な素材 | 革、木材 | 革、木材、合成繊維、ゲル素材、センサー等 |
機能 | 馬の背中を保護し、騎乗者に安定した座り心地を提供する | 上記機能に加え、騎乗者の体圧分散、データ収集・分析機能 |
期待される効果 | 馬と騎乗者の基本的な安全と快適性の確保 | 馬と騎乗者のより高い快適性とパフォーマンスの向上 |
これらのテクノロジーは、まさに「馬との対話」を促す、最先端の工夫と言えるでしょう。
安全性と快適性を両立する周辺グッズ
鞍以外にも、手綱や脚部保護具、ヘルメットなど、様々な乗馬用品が進化を遂げています。
- 手綱:グリップ力に優れた素材や、人間工学に基づいたデザインを採用することで、より繊細な操作性を実現しています。
- 脚部保護具:馬の脚を保護するためのプロテクターや、騎乗者の脚をサポートするブーツなど、安全性と快適性を両立した製品が開発されています。
- ヘルメット:軽量かつ衝撃吸収性に優れた素材を使用し、万が一の落馬事故から頭部を保護するよう、高度な設計が施されています。
これらの周辺グッズの進化は、馬とのコミュニケーションをより円滑にし、安全で快適な乗馬ライフを支える上で、非常に重要な役割を果たしています。
馬具選びの重要性:初心者から競技者まで
適切なサイズと素材が生む馬との一体感
乗馬用品を選ぶ上で、最も重要なことは何でしょうか?
それは、「馬と騎乗者の両方にとって、適切なサイズと素材を選ぶこと」です。
特に、乗馬を始めたばかりの初心者の方は、サイズ選びで失敗してしまうケースが少なくありません。
「大きめの鞍の方が、長く使えるだろう」「とりあえず安いもので揃えておけばいいだろう」などと、安易に考えてしまうと、思わぬトラブルに繋がる可能性があります。
例えば、馬の体格に合わない鞍を使用すると、馬の背中に負担がかかり、痛みや怪我の原因となります。
また、騎乗者にとっても、鞍が体にフィットしていないと、バランスを崩しやすく、落馬のリスクが高まります。
一方、経験豊富な競技者は、馬との一体感を高めるために、素材選びに非常にこだわります。
→ 天然皮革:使い込むほどに体に馴染み、馬との一体感を高めることができる。
→ 合成皮革:軽量で手入れがしやすいが、天然皮革ほどのフィット感は得られない。
→ カーボンファイバー:非常に軽量で強度が高く、競技用の鞍に多く採用されている。
それぞれの素材には、メリットとデメリットがあります。
自分のレベルや目的に合わせて、最適な素材を選ぶことが、上達への近道と言えるでしょう。
馬の健康とライダーの安心を支える視点
近年、乗馬用品の開発においては、「動物福祉」の観点がますます重視されるようになっています。
馬は非常に繊細な動物です。
過度な負担がかかると、ストレスを感じたり、怪我をしたりする可能性があります。
そのため、馬の背中や脚にかかる負担を軽減するようなデザインや素材が積極的に採用されるようになってきました。
例えば、鞍の下に敷くパッドには、衝撃吸収性に優れた素材を使用したり、馬の背中の形状に合わせて立体的に成形したりするなどの工夫が施されています。
また、騎乗者の安全性を高めるための技術も、日々進化しています。
ヘルメットやボディプロテクターなどの安全装備は、万が一の落馬事故から身を守るために、非常に重要です。
用具 | 主な役割 | 動物福祉の観点での工夫 |
---|---|---|
鞍 | 馬の背中を保護し、騎乗者に安定した座り心地を提供する | 馬の背中にかかる負担を軽減する素材やデザインの採用(例:ゲル素材のパッド、立体成形のシートクッション) |
脚部保護具 | 馬の脚を怪我から保護する | 馬の脚の動きを妨げない、軽量で通気性の良い素材の使用 |
ヘルメット | 落馬時に騎乗者の頭部を保護する | 衝撃吸収性に優れた素材の使用、通気性を高めるためのベンチレーションシステムの採用 |
ボディプロテクター | 落馬時に騎乗者の胴体を保護する | 衝撃吸収性に優れた素材の使用、動きやすさを考慮したデザインの採用(例:分割されたパッド、伸縮性のある素材の使用) |
これらの技術は、馬の健康を守り、騎乗者の安全性を高めるだけでなく、馬と人間とのより良い関係を築く上でも、大きな役割を果たすと期待されています。
馬術競技会で見る乗馬用品の最前線
プロ騎手や調教師が語る実体験
私は、フリーライターとして独立後、様々な馬術競技会の取材や、プログラムの執筆に携わってきました。
競技会場では、トップレベルの騎手や調教師の方々に、直接お話を伺う機会も多く、その中で、彼らが使用する乗馬用品へのこだわりを、肌で感じることができました。
「この鞍は、馬の動きを妨げないように、非常に軽量に作られているんだ。しかも、騎乗者の重心移動をスムーズにサポートしてくれるから、馬との一体感が全然違うよ」
これは、あるトップ騎手の方が語ってくれた言葉です。
彼は、長年の競技経験から、自分に最適な鞍を、メーカーと共同で開発したそうです。
「馬とのコミュニケーションは、言葉ではなく、体で感じるもの。だからこそ、馬具選びには、とことんこだわる必要があるんだ。」
この言葉は、競技会でのインタビューを通じて、多くの騎手や調教師の方々から、共通して聞かれたものです。
彼らにとって、乗馬用品は単なる「道具」ではなく、馬との「対話」を支える、大切なパートナーなのです。
海外論文や専門書から読む最新トレンド
競技会での取材に加えて、海外の専門誌や論文をリサーチすることも、私の重要な仕事の一つです。
そこからは、日本ではまだあまり知られていない、乗馬用品の最新トレンドを掴むことができます。
例えば、近年、ヨーロッパでは、馬の背中にかかる圧力をセンサーで計測し、そのデータを基に、最適な鞍を開発する技術が注目を集めています。
馬の背中への圧力分布を可視化する技術
+-----------------+ +-----------------+ +-----------------+
| 圧力センサー |------>| データ送信装置 |------>| データ受信装置 |
| 内蔵の鞍 | | | | |
+-----------------+ +-----------------+ +-----------------+
↑ ↓
| |
| ↓
| +-----------------+
+----------------------------------------| データ分析 |
| ソフトウェア |
+-----------------+
↓
↓
+----------------------------------------------------------------------+
| 圧力分布の可視化 |
| (例) 赤:高圧 青:低圧 |
| +------------------------------------------------------------+ |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■■■ | |
| | ■■■■■■■■■■■■■■ | |
| +------------------------------------------------------------+ |
+----------------------------------------------------------------------+
- 圧力センサー内蔵の鞍を馬に装着
- センサーが馬の背中にかかる圧力を計測
- データ送信装置が計測データを無線でデータ受信装置へ送信
- データ受信装置がデータを受け取り、データ分析ソフトウェアへ転送
- ソフトウェアがデータを分析し、圧力分布を色分けして可視化(例:赤色は高い圧力、青色は低い圧力を示す)
「なるほど、この部分に圧力が集中しているのか…」
「この素材を使えば、もっと圧力を分散できるかもしれない…」
このような気づきを、新たな馬具の開発に繋げているのです。
- Global Trends in Equestrian Equipment(Equestrian Science Journal, 2023)
- Advanced Materials for Equine Saddlery(Journal of Equine Veterinary Science, 2022)
- The Impact of Saddle Fit on Equine Biomechanics(The Veterinary Journal, 2021)
これらの論文は、いずれも英語で書かれていますが、図表や写真も多く、内容を理解する上で非常に参考になります。
日本は、海外に比べると、まだまだ乗馬人口が少ないのが現状です。
しかし、海外の先進的な技術や研究成果を積極的に取り入れることで、日本の乗馬文化も、今後さらに発展していく可能性があると、私は考えています。
まとめ
さて、長きにわたりお話ししてきましたが、いかがだったでしょうか。
乗馬用品は、単なる「道具」ではなく、馬と人との心を繋ぐ「架け橋」です。
その進化の歴史は、馬と人間が、より深く理解し合い、共に成長してきた歴史でもあります。
大学時代に馬術に親しみ、馬具メーカーで開発に携わり、そして現在はフリーランスのライターとして乗馬の魅力を発信している私、田中宏一から見て、未来の乗馬ライフには大きな期待を抱いています。
それは、テクノロジーの進化によって、馬と人間とのコミュニケーションが、これまで以上にスムーズかつ安全なものになる、ということです。
皆さんも、ぜひ、最新の乗馬用品に触れて、馬との素敵な時間を過ごしてみてください。
そして、馬との「対話」を通じて、これまで以上に深い絆を築いていただければ、これほど嬉しいことはありません。
馬と人が織りなす、美しく、そして力強い「共演」を、これからも見守り続けていきましょう。